【書評】日本人の創造性に期待する「イノベーションを興すための方法」について書かれた本!『まだ、マーケティングですか?』(ボブ田中著)
以前、”気になる本”としてあげた『まだ、マーケティングですか?』(ボブ田中著)を読みました。
※【気になる本】2016年8月に発売される新刊のうち、「注目の本」をピックアップしました!(その4)
この記事では、
「顧客のニーズを分析しても、そこには意外性のある解(ヒット商品)を見つけることはなかなか難しい」
「リーン・スタートアップの考え方とも相通じるものがある」
「”起業したい!”と思う方にとって非常に役に立つ本」
という”気になるポイント”を上げ、”気になる本”として紹介いたしました。
実際に読んでみると、先にあげた気になるポイントを十分に満たしている内容であることはもちろん、”今まで僕自身が知らなかった日本の潜在的な力”にも知ることができました。
そんな点も織り込みながら、以下にポイントをまとめながら本書を紹介したいと思います。
Contents
「持続的イノベーション」では”差別化”できない!
『イノベーションのジレンマ』の著者であるハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授は「イノベーションには2つある」と述べております。
それは、
- 持続的イノベーション
- 破壊的イノベーション
です。それぞれについて、本書では以下のように紹介されております。
『持続的イノベーション』は、現状の製品やサービスを、より良いものに逐次改善していくもの。これに対し『破壊的イノベーション』は、現状とは全く異なる価値観で、新しいサービスを提供するものです。
(ボブ田中著『まだ、マーケティングですか?』より P16)
日本の多くの企業が得意としているのは”持続的イノベーション”!つまり、製品やサービスの改良を重ねることで、新たな価値を提供するといったものでした。
しかし、製品やサービスの改良を重ねるにつれ、「ユーザーが必要だろう!」と企業が考え、付加した機能がかえってユーザーを混乱させる結果となります。例えばリモコンのボタン!ここにはいろいろな便利そうな機能がたくさんありますが、これだけたくさんのボタンや機能を使いこなせるユーザーはどの程度いるのでしょうか?
これは一つの例ですが、既存の製品やサービスの延長線上でモノゴトを考えても、同じカテゴリーでライバルがひしめく状況下において差別化を図ろうと思っても、かえって不要な機能を作り出すだけの状況になっております。また、差別化もだんだん難しくなってきており、仮に新たな機能で差別化を図ろうとしても、すぐにキャッチアップされてしまいます。
求められているのは「破壊的イノベーション」
経済学者・政治学者であるヨーゼフ・シュンペーターは「馬車をいくらつないでも鉄道にはならない」という名言を残しております。
馬車と鉄道は全くカテゴリーが違うもの。馬車の延長線上に鉄道はありません。
破壊的イノベーションで必要なものは何か?本書では以下のように述べております。
『破壊的イノベーション』に重要なのは、この『非連続性』と『カテゴリーの創造』です。
(ボブ田中著『まだ、マーケティングですか?』より P39)
日本の多くの企業が”連続性の延長線上”に考える「持続的イノベーション」を得意としておりますが、「破壊的イノベーション」もないわけではありません。
本書で紹介して例をあげると、「QBハウス」がそれに該当します。
製造業ではなくサービス業としての理容業界を見ても、『破壊的イノベーション』は起きています。男性の整髪料が4000円前後と言われる中、一律1000円という低価格で業界に参入したのがQBハウスでした。QBハウスは、それまでの理髪店の常識だったシャンプー、シェービング、ブローといったサービスを廃止、散髪するという最低限の機能だけに特化させてサービスを提供することで、低価格を実現しています。
この低価格チェーンのお店が自分の経営する店舗の近くにできたからと、同様のサービスを始めようとしても、既存の理髪店には勝ち目はないでしょう。
(中略)
同様のサービスを提供しようとしても、40分~60分でフルサービスを提供することを前提に、設備や散髪のプロセスができてしまっている理容店には真似ができないのです。
(ボブ田中著『まだ、マーケティングですか?』より P240~P241)
マーケティングリサーチの限界
大企業の多くでとりいれている「マーケティング」。確かに、マーケティングには実効性があり、しっかりと運用すれば確実に効果が上がることは、ビジネスの歴史が証明しております。それゆえに、世界中の企業が「マーケティングリサーチ」を行っております。
しかし、マーケティングは、「市場のマクロな情報を収集して分析する」ことを前提にリサーチを行います。「市場にある大きなニーズを見つけること」を目的に行われるため、どうしても「マス」(最大公約数)の結果になりがちです。そして、それらの結果はライバル企業にも似たような結果をもたらすため、それゆえに差別化出来ない商品が出来上がり、「コモディティが進む」ことになります。
また、「マーケティングリサーチ」の一環として行う「アンケート調査」も表面的な意見の集約になりがちです。そこには顧客のインサイト(潜在意識)が現れません。
本書では以下のように書いております。
多くの企業が今までになかったインサイトを発見しようと試みていますが、そのアプローチ方法がマーケティングとして一般化してしまった現代においては、誰も見つけられなかったニーズを発見するのは困難になってしまっています。
(ボブ田中著『まだ、マーケティングですか?』より P87~P88)
「人」に、そして「インサイト」に注目する
近年、コモディティ化した商品が乱立するなかで、「イノベーションを創出するための手法」として、この「デザイン思考」が注目を集めております。
日本でデザイン思考の研究を進める奥出直人氏によると、デザイン思考を以下のように定義しております。
「デザイン思考は顧客を発見し、その顧客を満足させるために何を作ればいいか、つまりコンセプトを生み出し、そのコンセプトをどうやって作るのか、さらには顧客にどのように販売するのかまでを考えるビジネス志向の方法である」
(Build INSIDER『0から1を創り出すデザイン思考 ― 新たなイノベーション創出手法』より)
そして、デザイン思考を実践するグローバルデザインコンサルティングファームであるIDEO Tokyoの石川俊祐氏によると、「大切なのは、人の深層心理を知ること」と述べております。
過去の歴史でわかりやすい例はT型フォードの発明。まだ車がなかった時代、人々の交通手段は馬車でした。そのとき人々に「次に何が欲しいですか?」と問いかけたら、「もっと早い馬が欲しい」という答えが返ってきたのではないでしょうか。でも、ユーザーの深層心理には「A地点からB地点までをより早く移動したい」という欲求があります。そのポイントを明確にできたため、フォード社は自動車という発明を生み出すことができました。僕たちの仕事は当時のフォード社の考え方と同じで、人々が求めるものの深層心理を理解して、新しい技術とコラボレーションしながら世の中をデザインすること。それがグローバルデザインコンサルタンティングファームです。
(ライフハッカー『世界最高の授業。IDEOに学ぶ「デザイン思考」の真髄──2014.3.7 Night School』より)
本書のアプローチもデザイン思考のアプローチです。
近年、企業がiPhoneのようなイノベーションを生み出せる方法として注目されているのが、顕在化されたニーズや過去のデータを調査分析するのではなく、「人」にフォーカスして『コト』の視点でデザインするという手法です。
(ボブ田中著『まだ、マーケティングですか?』より P88)
そして、重要なのは「インサイト(潜在意識)を発掘することが重要」と述べております。
イノベーションを興すにあたっては、「人」から始めることが原則であり、このインサイトを発見することは非常に重要なフェイズとなります。
(中略)
インサイトとして存在するものであっても、そのインサイトに対する解決策を最終的に顧客に届ける価値があるかどうかが重要なのです。
(ボブ田中著『まだ、マーケティングですか?』より P133~P134)
このインサイトに着目しながら解決するためのアイデアを出し、プロトタイプを作りながら実験し、そして確認するというアプローチを本書では物語を通じて具体的な方法を提示しております。
最後に
本書は架空のメガネ企画製造会社である株式会社NOONの商品企画課でマーケティングを手掛ける伊野部瑛太を中心に「今までにないメガネの企画開発」を推し進めながら、「どのようなアプローチでイノベーションを興すか?」について書かれた本です。
当初、マーケティングリサーチのデータに基づきながら新しい商品の企画や開発を進めていきます。しかし、企画した商品は思うように売れず……この状況は、今の多くの日本企業を象徴しているように思えます。特に大企業はそうですが、市場規模やアンケート結果など、”目に見える”データに基づく結果を企画した商品の方がロジックも構築しやすいですし上層部を説得しやすいです。
だが、目に見えるデータはどの企業も似たようなリサーチ結果になりやすく、そのため、似たような製品やサービスが生まれる結果となりがちです。かつて、ウォークマンなどで一世を風靡したソニー、そして日本を代表する企業であるキヤノンやホンダ、パナソニックなどにはかつての勢いはなく、世界で苦戦しておりますが、効率化、協力会社との分業により技術ノウハウが社内に留保しないこと、そして失敗を許さない大企業の社内環境がイノベーションを生み出しにくくしていることが要因の一つのように思えます。
しかし、著者は日本の力に期待をしております。なぜなら、「日本は世界でもっともクリエイティブな国として評価されている」からです。その点について、著者は以下のように述べております。
幸い日本という国には、今でも高いクリエイティブ力があり、新規事業を興せるだけの経済的余力があり、そして何より「人」の気持ちを感じ、思いやる心があります。つまり、イノベーションを興すための様々な条件が環境として揃っているのです。何をやるにも厳しい環境であると後ろ向きにならずに、1人ひとりが行動を起こそうと考えることが最初の一歩ではないでしょうか。
(ボブ田中著『まだ、マーケティングですか?』より P267~P268)
確かに、私たち日本人は「ドラゴンボール」や「ドラえもん」といったマンガ、そして「ハローキティ」といったキャラクター、そして渋谷や原宿といった街文化を生み出してきました。これらの文化は、いずれも世界が世界が認めているところです。このような世界に誇れる文化を作り上げた私たち日本人の創造性は、計り知れないものがあります。
著者は「世界に向けてイノベーションを興す力が日本人にはある」と日本人の潜在的能力に期待しながら、イノベーションを興す方法について本書を書いているように思えます。また、「デザイン思考とよく言われているが、それがどのようなものかが具体的にはよく分からない」といった声が多いのも事実です。しかし、本書のように具体的事例をストーリー形式で分かりやすく書かれていると、漠然ととらえられていた「デザイン思考の本質」が見えてくるようになるのではないでしょうか?そして、それは私たちが今後のビジネスの展開を考える上でも役立つ視点になるはずです。
起業家、事業主はもちろん、「将来は自分でビジネスを行っていきたい」と考えている方にとって、読んでおきたい一冊です。
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